「奸雄は笑う-越後守護代 長尾為景と男たち-」(仮題)用の短編。

序:長尾能景(為景の父)


永正三年(一五○六)、室町幕府にひたひたと衰亡の影がちらつく頃、越中国般若野である男が戦死した。
隣国越後の守護代、長尾能景。
政務においては主の越後守護上杉房定・房能を二代にわたってよく支え、国内での影響力はもはや主を凌ぐほどとも言われていた。
遠く関東に住まう関東管領からも、その兵を頼みとされ、幾度も出兵を果たしては武名を轟かせた。
まさに、越後上杉家の尖兵とも言うべき男であった。
その頃、越後の西隣にある越中国を、さらに西方の加賀国を占拠した一向一揆の衆が兵をもって制圧するという事件が起こった。
越中の守護畠山卜山は、はるばる紀伊国まで逃れ、そこから強兵で知られる能景に救援を請うた。
――このまま越中が完全に一向一揆の手に落ちれば、次の矛先は我ら越後となろう。
危惧を抱いた能景は九月、主の房能の許しを受け、越中へと出陣。
しかし、男が生きて越後府中へ帰ることはなかった。
――実のところ、親父殿はお館様に殺されたといっても相違あるまい。
府中の守護屋敷で報せを聞いた能景の嫡子為景は、そう思った。
房能は能景を頼りにしてはいたが、守護の誇りともいうべきか、支配者としての実権が徐々に自分から能景に移って行くのを恐れた。
――だから親父殿は、般若野で見殺しにされた。
能景が越中へ兵を進めた直後のことである。
畠山の被官であったはずの神保・遊佐両氏が、こともあろうに一向一揆と手を結び、畠山勢と能景達越後からの援兵は敵中に孤立した。
それでも十九日、般若野・芹谷野の合戦において、能景はなんとか血路を開こうと奮戦するも、周囲を敵勢に取り囲まれ、あえなく討死を遂げた。
血戦の前、能景が越後府中に向けて早馬を走らせていた。房能に救援を願うためである。房能が動けば、能景は助かったかもしれなかったが、彼は何を思ったか、この知らせをあえて黙殺した。
事情を知らなければおそらく偶然の不運にしか見えまい。
はたして能景は般若野で骸となり、これは能景憎しの念が余った房能の陰謀ではないかと人々は噂した。
数日後、越後府中の守護館へ帰陣したのはかろうじて取り戻した能景の亡骸を連れた、わずかな敗残兵だけだった。

房能の数代前まで、各地の守護というのは、自らは京の都に住み将軍に仕え、任国には代官として守護代を置くのが常だった。
それが、応仁の乱で都が火に包まれ身の危険が迫ると彼らはこぞって自らの国へと避難し始めた。
多くの場合、長く都にいて領国のことは紙の上でしか知らぬ守護と、彼らの代理人として現地で実権を振るっていた守護代との間がうまく行くはずもなく、結果として守護の下向は全国各地に騒乱の火種をまく格好となった。
ここ越後も、似たような状況だった。
房能は先代守護房定の頃から仕える能景の影響力を利用して守護の威信を取り戻したいらしかったが、彼に代わって諸事をこなすのは能景だ。結局能景の名が轟くばかりで、とうとう房能は能景から実権を取り上げようとし、逆にあまり専横な振る舞いをなされますなと諫言を受けるようになっていた。
こうなると、房能は能景が煙たくなった。
ちょうどそこへ件の越中の事件が舞い込んだのだ。
房能は自らの手を汚すことなく能景を殺すことに成功した。
無論房能も表向きは神保らへの怒りと能景への哀悼の意を示していたが、
――小うるさい能景は死んだ。自らの政に口を挟む者はもはや他にあるまい。
と、心の中ではほくそ笑んでいることを、知らぬ家中の者は居なかった。

守護館にほど近い長尾の屋敷で、能景の遺児為景は事後処理にひと段落をつけ、しばし休養を取っていた。
為景は今年、齢十八になる。まだどこか少し少年のような面影をその体躯に残していたが、既に父について幾つかの合戦を経験しており、越後守護家中でも期待の若君として信を寄せる者も日に日に数を増やしていた。
「穴が、空いたような気がする」
そう、誰に言うでもなくつぶやくと、共に庭を眺めていた山吉能盛が怪訝そうにこちらを見る。
山吉は守護代家の本貫地、三条の代官だ。為景の信も厚い能盛はその現当主にあたり、騒動の対応を相談するべく、死の報を受けて早々、府中の守護館に呼び寄せていた。
ろくに悲しみに暮れる時間もないくらい、一人の守護代の死というのは周囲に波紋を呼んでしまう。
幸いにも、生前父能景は自分を明確に跡取りとして指名し、例の関東出兵の折も同伴させるくらいだったので、家督の移譲にはさして問題は起こるまい。
気になるのは、房能の動きの方だ。
――あのお方が、親父殿の死に何もせぬはずがない。
しばらくは動向を探ろうと、為景は未だ父の葬儀を慎ましやかに行うにとどめ、政務に関しては房能の指示をただ待っている。
父の無言の帰国から、既に一週間が過ぎようとしていた。
能景を慕っていた越後各地の地侍たちは、代替わりで生じた各種の諍いの裁定を為景にせっついて来ていたが、なんとか宥めて猶予をもらっている。
同時に、この騒乱の機を狙って中越地方の五十嵐・石田などが反乱の動きを見せているとの報も入ってきた。こちらにも、早々に対処せねばなるまい。
だが、依然長尾家は越後上杉家の被官でしかない。主筋の命でなければ、兵を動かすことはできない。父を死に貶めた張本人と知りつつも、為景は房能からの許可を待つより他なかった。
――どう出る。
房能はけっして、愚かではない。ただ、自分の力を見誤りがちな男であると、思った。守護館で初めて彼の姿を見た時、そのあまりの覇気のなさに、思わず我が父の不運を慰めたくなったものだ。
山吉が、怒りの色を帯びた目で為景に今後を問う。
「父君の無念、いかにして晴らしましょうや」
「今しばらく、お館様のやり口を見定めるほかあるまい」
「ご心中、お察しいたしまする」
「はは、そう言うてくれるか。だが能盛よ、嬉しいが俺は親父殿の死に顔を見ても、心に何も浮かばなかったぞ」
冷酷な主ですまぬことだ、と為景は笑ったが、山吉には最早慣れたことだ。
――このお方は、常の人とは違う。
と信じる山吉にとって、為景の感性がずれていることなど、些細なことだ。
為景は、幼い頃からどこか悟ったような目をする子供であった。主の横暴と、下からの不満を両手に抱え苦しむ父の後ろ姿を見て、歯痒い思いが文武の研鑽へと彼を邁進させたのであろうか。元服する頃には、すでに老臣たちと交じって議論を交わしても遜色のない怜悧さを備えていた。それでいてかつ、若さゆえの斬新な――ともすれば常識、慣習と呼ばれるものを壊すことになんの躊躇いも持たぬ思考を、彼は持ち合わせていた。
強さを得る代償に、人として、どこか温かみのような部分が欠損したままなのだ。そのために人でなしと謗られようとも、己の一念を通す、その為景の危うげな強さを、ままならない現状に鬱屈としていた長尾家中は、いつしか希望を込めて崇拝の目で見るようになっていった。
山吉は土色の直垂の袖を払い、敬服に頭を下げた。
その様子に頷いた為景が、父親から譲り受けた脇差の鞘を撫で、物憂げに瞼を伏せる。
「何も浮かばぬがな、ただ、首を見てからというもの、この胸にぽかりと穴が空いたような心地がいたす」
着物の合わせに手を当て、感覚を細かに感じ取ろうとするこの若武者の様子が、山吉にはどこか幼子のようにすら見えた。
手腕をもっては父親の能景にも劣らぬほどの老獪さを早くも見せ始めている為景だが、こと情ある一人の人間として見ると、彼は穢れを知らぬ童が持つ無垢さを残していた。無垢といっても、為景のそれは無邪気さのような性質のものとは違う。彼が持ち合わせているのは、無垢ゆえの残酷さであった。
「ことが落ち着いた暁には、ぜひ般若野にご父君の供養塚を作らせましょうぞ。」
「ああ……いずれはお館様に塚で頭を下げていただきたいものだ。己のしたことの愚かさを分かっていただくためにもな」
そう言って、為景は艶やかに目を細めて笑う。
彼は父親のように房能の走狗となることなど、初めから念頭に無いようだ。己の父が立場と実力の板挟みになって苦しむのを傍らで見続けてきた為景は、今後あらゆる手段を用いて守護の非を質していくだろう。
周到に、だが確実に、彼は主筋を朽ち腐らせていくつもりなのだ。他でもない、自らを奪われぬために。
――今は臥龍。なれどいずれ力を蓄え天に翻った時、このお方はきっと能景様より遥かに大きくなられるであろう。
山吉は改めて為景の器に感じ入り、深々と平伏した。

急に使いの者が現れて、為景に書状を手渡す。
為景はそれを一瞥し、意を決したように立ち上がった。
まだ薄いが整えられた口髭を生やした口元が、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「まずは穴を、埋めねばなるまい」
手紙は、房能からの為景の守護代就任と、中越の反乱軍討伐を命じるものだった。


次話、「村上の白鬼」(本庄時長・房長)へ続く。