【Hades/ザグ&師匠】Training

小説/二次創作二次創作/Hades

#hadesweekly 8/19分 お題:「トレーニング」


それはまだ、アキレウスがザグレウスの訓練を命じられて間もない頃の話である。

――しまった。
槍の柄で腹を突かれ、強かに壁に打ち据えられた冥界の王子が、ぐったりと床に転がる様に気付いて我に返る。
稽古の範疇を越え、半ば八つ当たりに近い怒りに任せた本気の一撃をぶつけてしまうなど。
これが冥王の耳に入れば、この身はやはり罰を受けるのだろうか。
いや、今更罰などどうでもいい。一番大切なものを失った、虚ろな死人がこの上何を恐れるというのか。
とはいえ、己に燻るこの感情は眼前の少年にはなんの関わりもないことであろう。
――こんな男を師と仰がねばならぬとは、災難なことだ。
アキレウスは自嘲しながら、大きなため息をつく。その横顔は、かつて多くの戦士たちをその手で屠ってきた冷酷な殺戮者そのものである。
「若君?」
ぞんざいに声をかけると、ザグレウスは呻きながらも健気に立ち上がって、教えられたように再度槍を構え直した。
しかし若き王子の目には、辛く当たる師への憤りも憎悪も感じられない。頬につたう血を拭う貌には、ただ次の教えを待つ純粋な眼差しが浮かぶのみだった。
驚き、沈黙したままの師の態度を、彼は責めと取ったようだ。
それでも言いたいことを言わずにおれないのが性分らしい。若干の怯えをにじませながらも、ザグレウスはぽつりと呟いた。
「あなたも父みたいに俺のことを嫌っているのかと思っていたのに」
「私が?おまえを憎む理由はないが……」
「だったらどうして……どうして俺に厳しくすると…決まってそんな泣きそうな顔をするんです?」
アキレウスの頭の中で、何かがぱきりと割れる音がした。喪失の痛みを忘れる為に己の心に張った、見境無き怒りの薄氷が亀裂を立てる音だった。
――そうだ、彼はまだ……神とはいえ、彼はまだほんの子供なのだ。母を知らず、父に疎まれ、愛を欲している。そんな幼い子に、私はこんな……。
わなわなと震える手、後悔と罪悪感とで平衡を保てない頭。その場に崩折れ、すっかり稽古どころではなくなった師に、ザグレウスは慌てて駆け寄った。
「ごめんなさい、どうすれば俺は……あなたの弟子に相応しくなれますか?」
敬愛を失わない赤と緑に輝く双眸。どこまでもまっすぐな光。それは冥界の中にあっても、生者の世界を思わせるような暖かさに満ちている。
アキレウスは少年を抱きしめ、己のこれまでの苛烈な応対を詫びた。いつまでも詫び続けた。
その目尻からは、とどまることなく涙が溢れ続けていた。

彼らは、この日より、まことの師弟になったのだ。

Web拍手
読み込み中...