【Hades/パトアキ】Tastes of tears in the usual cafe

小説/二次創作二次創作/Hades

#hadesweekly 8/26 「カフェ」「夢うつつ」

※現パロ


ぽってりと分厚い狐色のパンケーキ。二枚重ねの真ん中に頂くのは雪より白いクリームの冠。その頂点からしとどに流れるのは、三種類のベリーが織り成す鮮やかな赤黒い滝。

普段のアキレウスなら、子供のように目を輝かせて夢中で頬張っていただろう。
だが、今日の彼ときたら自分が注文していた事も忘れて、頭の中を渦巻く憂いに囚われていた。
去って行く店員に軽く礼を伝えこそしたものの、次の瞬間にはまた、ここ一週間逢えずにいた伴侶のことばかり考えてしまう。
最愛の人が隣にいない日々の味気無さといったら、人生からあらゆる喜びの火が消え失せてしまったようだった。そればかりか、彼が遠くの地で不自由なく過ごせているか、事故などに巻き込まれはしないだろうかと要らぬ不安ばかりがつのり、アキレウスはろくに睡眠も取れていなかった。
気の遠くなりそうな長い一週間の末、ようやく今日、彼の帰宅の日を迎えたのだった。
待ち合わせ先は「いつもの店」。
集合時間までだいぶ時間はあったが、広い家で孤独に伴侶の帰りを待つ辛さに耐えかねて、せめて人のいる場所にいたいと思った。
祈るように壁時計を見上げるのは、これで何度目になろうか。
ため息とともに、パンケーキに向けられた視線が皿へと流れて広がるベリーソースへ吸い寄せられる。
――赤。あか。あかいいろ。
土埃と照りつける太陽と潮風の合間の、古の光景が昨日のことのように甦る。
――刺し貫かれた彼の身体から流れる赤。
ゆるさない、と心の奥底で燃える火が幾億の時を超えて再び爆ぜる音がする。
「……ス、アキレウス?」
刹那、魂に馴染みすぎるほど馴染んだ声が耳朶を捕らえたことで、アキレウスの意識は遠い痛みの記憶から現世に引き戻された。
「顔色が悪いぞ、どうした」
「あ、ああ……」
「パンケーキよりおまえを夢中にさせる考え事とは、珍しい」
皮肉っぽく笑うパトロクロスは、一週間の別離を経る前と寸分変わらぬ姿でアキレウスの対面に腰掛けた。
彼はすっかりソースが染み込んでふやけてしまったパンケーキを一瞥すると、思いついたように傍らのカトラリーを手繰り寄せる。
あっという間に一切れ器用に切り分け、つい、とアキレウスの目の前に差し出してみせた。
――まるで親鳥に餌付けされる雛だ。
おかしさに鼻を鳴らしつつも、ごく自然にそれを頬張り目を閉じて味わった。
鼻から抜けていく焼けた小麦粉の甘い香り、きりりと舌を刺すベリーの酸味と、それをなだめる優しいクリームの甘味に、どうしてだろう、ほんの少し塩気が混じる。
「おかえり、パトロクロス」
それはきっと、再会の涙の味だろう。アキレウスは短い別れの終わりに微笑んだ。

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