Hades Prompt Week
DAY5 : [romance] [relationships]
師匠とザグの恋バナ
珍しく難しい顔をしているところを迂闊にも見つかってしまったあたり、己の師は本当に目敏い男だとザグレウスは内心舌を巻いた。
館で勤務中とはいえちょうど暇を持て余していたところだったようで、優しく先を促されればその親切心に甘えたい心がむくむくと芽生えてしまう。
王子は気恥ずかしさで口を尖らせながら、想い人との関係についてぽつぽつと吐き出し始めた。
「昔からですが……タナトスのやつ、忙しくてなかなか逢えないんです。だから会えた時になにかしてやりたいなと思って。でも、いいアイデアが浮かばなくて困っていて……師匠ならどうしますか?」
そこまで言って、ザグレウスは目の前の師が呆気に取られた表情をしているのに気がつき、不安感を覚えた。
いつものように啓示的なアドバイスを贈ってくれるだろうと期待していたのに、実態は逆で、肝心のアキレウスはというと目頭を押さえて鼻を啜っている。それはどうやら呆れているわけではなく……ザグレウスの見間違いでなければ、彼は感涙に咽んでいるらしい。
「……えーと、師匠?」
「ザグレウス、おまえは本当によい成長を遂げた……とても、誇りに思う。私などは……生前は自分がどう扱われたいかばかりにこだわって、いくつもひどい失敗をしてきたものだ。それに引き換えおまえは、困難に直面してもまず真っ先に自分ではなく彼の安寧を願ったのだ。本当に……よく……」
そう言って手を握ったり頭を撫でられたり、実の父ならば絶対にしてはくれない讃辞と愛を注いでくれるのは嬉しかったが、王子は自分の思った通りのことを聞いたまでで、特別なことをした意識がないのでなんだか面映くなってしまった。
話題を逸らそうと、このところの冥界脱出――もとい、彼の任務中の出来事に触れる。
「師匠の昔話といえば、パトロクロスが最近いくつか話してくれたんです。特にお二人がその……友人以上に親密な関係になっていったきっかけの話は俺にもすごく身に覚えがあって……」
「なっ……あの男、話したのか!私に断りもなく!」
「す、すみません!俺から聞き出したわけじゃなくて……でも、これって彼も少しくらいは心を許してくれたということですよね?」
「それは……たしかに珍しいことだ。私もおまえがパトロクロスと親しくしていることは純粋に嬉しく思っている」
「同じこと言ってましたよ、彼も」
アキレウスは弟子のその報告に一瞬顔を綻ばせたものの、先程咄嗟に叫んだことを恥ずかしく思っていたのだろうか、どうにかぎこちなく「師の顔」を繕って、大きく咳払いをした。
「それで、タナトスが何を喜ぶかだったか。おそらく、彼はおまえがこんな風に逢瀬を熱く望んでいたと伝えれば、それ自体が彼の喜びになるのではないか?あれだけ職務に忠実な神が、それ以外に望むものとして唯一おまえを選んだのだから」
ザグレウスはその答えを聞き、やはり師に尋ねてよかったと心を弾ませる。
再び地上への旅路を駆け出す自らの足音が、遠い彼方で勤めに励む伴侶に届くことを願いながら。