#hadesweekly 9/16 「ワガママ」
わんこ気質なザグとパトアキの友情。
「次にエリュシオンの覇者と戦う時には、君を応援しに行かせて欲しい」
パトロクロスの唐突な申し出に、ザグレウスは顔を輝かせた。
何しろあの広く荘厳な闘技場でいつも自分を応援してくれている亡霊は熱烈なファン一人だけなのだ。そこに一人加われば二倍の声援、嬉しくないはずがない。
ましてや、それが日頃気難し屋の男からの提案となれば、感慨もひとしおである。
「となると、俺も張り切らないといけませんね」
ふふんと鼻を鳴らすと、彼が口髭を動かしてうっすらと笑ったような気がした。駆けていく王子の足取りはいつも以上に軽い。
「と、いうことがあったんです」
再びハデスの館に帰還し、師の元へ足を運んだザグレウスは誇らしげに事の次第を話して聞かせた。
「テセウスは相変わらず鼻持ちならない男ですが、それでも手強い英雄です。俺が膝を突きそうになった時に頭の上に力強い声援が降ってきて……とても勇気づけられました。なんというかこう……いつも以上にいい戦いができたと思うんです!」
やや興奮気味に身振り手振りを交えて語る愛弟子を微笑ましく感じたのか、アキレウスは眉根を下げクスクスと声を潜めて笑った。
「ザグレウス、パトロクロスがおまえに心を開いてくれたようで本当に嬉しく思う。だが、少し……妬けるな?」
「師匠が……俺に?嫉妬?なぜですか?」
真意が掴めずに首を傾げた王子に、嫉妬したという割には穏やかな顔つきの師は懐かしむように語り出す。
「あの男がそんなわがままを言うなど、私以外の前ではほとんど見たことがないのだ」
それは実質、ただの惚気のようなものであったのだが。
ただ、己の過去について日頃多くを語らない師が、嬉しそうに自分と伴侶について話すのはザグレウスにとっても新鮮で、またとない機会だった。
「かつての私はひどい悪童だったし、目付役だった彼だって私に付き合って随分といろんなやんちゃをしたものだった。……おまえのように素直であれば私たちはあれほど悲しい別れをせずに済んだのかもしれないな」
「そんなものですか?」
二人を高潔な戦士と信じてやまない健気なザグレウスは首を捻りっぱなしである。
かつて、幼い頃に撫でてくれた時のままの手つきで、師の手が優しく王子の頭を撫でる。
ザグレウスにはアキレウスの抱える悔恨がどうにもピンとこなかったが、眼の前の師が心から幸せそうに笑うものだから、それでいいと思った。