#hadesweekly 10/14 「伝言/手紙」
手紙になったら急に饒舌になるタナちゃんに赤面するザグ
冥界の王子は白い紙と無言で向き合っていた。
「想い人と会えない時は手紙を送り合う」……ああ、どうして人はこんなにも面映ゆい思いつきをしたのだろう。
時に年単位で会えなくなることもあるタナトスとの仲を思って提案してくれたデューサには悪いが、机に向かっての書きものはザグレウスにとってもはや苦手どころか強行措置に等しい所業だった。
もう何度目かになる溜息をつき、頭を掻きむしる。ふと、机の上にもう一つ置かれた封書に目がいく。
この話をした時、忙しいだろうにすんなり承諾したタナトスは、いつもの生真面目さですぐに手紙を寄越してくれたのだ。
――中、見たいけど自分の分を書いてないしな……。
ザグレウスは唸る。一秒でも早く彼の手紙を見たい。しかし見たら満足してしまって、自分は手紙を書かないのでは?いつものように会えた時に口頭で返事をして終わってしまうのでは?それではタナトス一人に手間をかけさせただけではないか。
彼の愛しき伴侶として、そのような不義理は働きたくない。
「なあモート、見てもいいと思うか?」
机に突っ伏しながら、白紙の隅で大人しく座る冥友の腹をつつく。
伴侶から授けられた小さな友は困ったような顔をして、ちゅうと鳴いた。
「好きにすればいい」と言われているような気がして、ザグレウスは結局手紙に手を伸ばすことにした。
「な……な……」
便箋を一枚、二枚と几帳面を体現した硬い筆跡を追って行くごとにザグレウスの顔が紅潮していく。
彼の綴った愛の言葉は、いつもの寡黙さに反比例するかのように熱く、雄弁であった。例えば今現在彼のいる地上の『四季』の鮮やかな顔立ち、それに応じて咲かせる花々の美しさを褒めながら、どこかに必ずザグレウスへの睦言が添えられている。
なんとも気障で、それでいて真摯で、内なる恋心を甘くくすぐる文面であろうか。付き合いの長い王子ですら、これを書いたのが本当に自分の知る『死の化身』その人なのか疑いたくなるほどだ。
生まれてこのかた父から受けた罵りがすべて帳消しになってもお釣りがくるほどの称賛を、他ならぬ最愛の伴侶から与えられて、王子はくらくらと酩酊を覚えた。いやどちらかと言えば、長湯を浴びて逆上せた時のような、あるいは愛の女神の悪戯を受けた時のような……。
すべて読み終えた後、しばしの忘我に襲われた王子は、はっと正気を取り戻す。いてもたっても居られず、慌てて手紙を机に投げ置くと、ザグレウスは裏庭へ身を翻した。
危うげなく着地した羊皮紙の最後一文は、こう締めくくられていた。
――返事は好きなときにで構わない。それよりも……書いていたら、お前に逢いたくなった。