1000字コンのお題テーマ「ボトルメール」に合わせて書いた、本好き女子が成長したら?の小話です。
モニター右下の時刻が十八時になった瞬間、私は鞄を担いで足早に職場を後にする。
いわゆる定時ダッシュである。
定時ダッシュの目的といえば、推しのライブだったり、ゲームの発売日だったり、人によってさまざまだが、一般的にはイベントごとのためが多いだろう。私の場合はというと、本である。それも、ベストセラー作家の本ではない。哲学の新刊を追い求めて、である。
意識高い系とはかけ離れた仕事ぶりの私がそんな本をこよなく愛して、上司から冷たい視線を浴びてまで定時ダッシュするには理由がある。
「彼女」に会えるからだ。
「彼女」とは中学の図書館で出会った。
元々クラスメートと騒ぐより一人でいる方が好きだった私が避難所的に利用していた図書館に、彼女は住んでいた。
学生なのだから、住んでいたというと語弊があるかもしれない。けれど彼女は、いつ訪れてもそこにいた。
先輩なのか後輩なのか、同級生だったとしてもどこのクラスなのか全くわからない彼女は、いつも小難しい本の棚の前にいた。
歴史、古典の詩、哲学といったのびのび現実を楽しんでいる中学生がおよそ興味をもたないだろう本たちを目の前に、彼女はいつも笑みを絶やさなかった。
元からオタクっぽいところがあった私もそれらの本には興味があったので、彼女とは必然的に仲良くなった。
今にして思えば、本を読みにいくというより彼女に会いに行っていたのかもしれない。
ある時彼女が一冊の本の表紙を撫でながらこう言った。
「本って、過去からのボトルメールのようなものだと思わない?」
中学生の私は、そう微笑む彼女の顔から目が離せなかった理由が恋だとは気づかないまま、彼女の勧める本に共にのめり込む日々を過ごした。
中学も三年になるころ、受験に忙しくなるとなかなか図書館に顔を出せなくなってしまった。
高校、大学と私は進学したが、それきり彼女と会うことはなかった。
だが私は不思議と寂しい気はしていなかった。卒業式の日に図書館で彼女が言った一言を信じていたからだ。
「あなたが読むのをやめない限り、私たちはいつでも会えるわ」
そうして今日もまた、私は彼女に会いに帰路を急ぐのだ。