創作BL:蟹の星

小説/一次創作創作BL

1000字コンのお題テーマ「ボトルメール」に合わせて書いた、蟹にまつわる小話です。


暗く凪いだ海を前に溜息をつく。括った髪からほどけた一房を、雑にかき上げた。
この長い髪も、彼は好きだと言ってくれた。
朗らかで心優しい、聡明な男。陰気な自分とは正反対だ。
沈鬱な思考をかき消すような穏やかなさざ波につま先が濡らされ、何かがこつりと当たる。
手紙らしき紙が入った、きれいな硝子瓶だ。
何の気なしに拾い上げて驚く。瓶の首には、小さな蟹が一匹しがみついていたのだ。
つぶらな瞳と目が合い、そしてそれはなんと人の言葉を発した。
「こんばんは、きれいなお兄さん」
「えーと、こんばんは」
ぷくぷく泡を吐きながら、蟹は朗らかに話を続ける。
「大変な一日でした。配達の途中、運悪く嵐に巻き込まれまして」
「蟹の郵便屋さん?」
「はい」
波打ち際から離れた砂浜に瓶を下ろすと、蟹はお辞儀するように右の鋏を動かした。
「お兄さんは、何故こんな夜の浜辺にいるのですか?」
聞かれたくないことなのに、この蟹になら不思議と全てを話しても良い気がした。
「恋人がいるんだ。私には勿体ない、素晴らしい人でね。幸せに見えるだろう?でもどうしてか、不安になるんだ。彼に無理をさせてはいないかと」
「そう言われたんですか?」
「いや。でも、時々切なくなるんだ。消えてしまいたくなる程に」
そんな恵まれた贅沢な悩みを彼に言うまいか迷って、気付いたらこんな所に来ていた。
だが蟹は私を馬鹿にはしなかった。
「お兄さんも優しい人ですよ。僕を拾い上げてくれました」
「蟹味噌を食べるためかもしれないよ?」
「こんな可愛い冗談も言える方ですし」
ストレートな褒め言葉に、頬が熱くなる。
「きみ、彼みたいな事を言うんだね」
「もしかすると、お仲間かもしれません」
「彼は人間だけど」
「僕の仲間は大昔、星になりまして。時々、貴方がたの中にもその光を宿した人が生まれるんです」
「十二星座の?」
「さて、僕は仕事に戻ります。人間のお仲間によろしく」
瓶を引きずっていく蟹を、折よく打ち寄せた波がさらう。
月の道が瓶の上で鋏を振る小さな影を照らし、それもやがて水平線に消えていった。

携帯の画面を見ると案の定、着信履歴がいくつも並んでいる。
彼は幸いすぐに電話に出た。恐る恐る、先程から気になっていた事を尋ねる。
「俺?蟹座だけど、急にどうしたの?」
「ううん、ただ」

明るくなったら、彼とふたりで海を見に行こうと思った。

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